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2012年7月30日 (月)

古今和歌集へ

 かなり間が空きましたが、万葉集の次ということで今度は古今和歌集を読んでいきたいと思います。
 古今和歌集は初めての勅撰和歌集ですが、編纂の勅令が出たのが西暦905年で、万葉集の最後の歌(大伴家持「あらたしき年の始の初春の今日降る雪のいや吉事よごと」)が759年の歌ですからそこから150年近い年月が経っていることになります。その間、公の席では漢詩文が栄えていました。
 さて、古今和歌集といえばまず連想されるのは紀貫之ではないでしょうか。編纂者の一人であり、「仮名序」を執筆したのは彼です。ちなみに序は「仮名序」と「真名(=漢字)序」と二つあり、「真名序」の方紀淑望よしもちの作です。
 「仮名序」の冒頭はあまりにも有名でしょう。

和歌やまとうたは、人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける。世の中にある人、事・業しげきものなれば、心に思ふ事を、見るもの聞くものにつけて、言ひいだせるなり。花に鳴く鶯、水に住むかはづの声を聞けば、いづれか歌をよまざりける。力をも入れずして天地あめつちを動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女のなかをもやはらげ、猛き武士ものゝふの心をもなぐさむるは、歌なり。
 「万の言の葉とぞなれりける」は「万葉」をイメージさせられる言い回しですが、実際に「万葉集」命名の由来の一説として「万の言の葉」というのは考えられているそうです。
 また貫之は「仮名序」の中で今で言う六歌仙を評しています。不詳の人物もいますが、貫之も「近き世にその名きこえたる人は」と言うように800年代の内に生没している人たちです。貫之評はなかなか辛口のように思われるのですが、比喩を添えてわかりやすく、また面白くなっていると思います。順に見ていくと、
僧正遍昭は、歌のさまは得たれど誠すくなし。たとへば、絵にかけるをうなを見て、いたづらに心を動かすがごとし。
 「見て」「心を動かす」の主語は読者であると解釈されます。遍昭が「絵にかける女を見て、いたづらに心を動か」されて歌を詠んだということではなく、彼の歌が「絵にかける女」のようであるということです。
在原業平は、その心あまりて言葉たらず。しぼめる花の、色なくてにほひ残れるがごとし。
 在原業平は伊勢物語の「昔男」の最有力モデル候補として知られます。「その心あまりて」とは、「誠すくなし」の遍昭とは対照的でしょう。ただし「言葉たらず」と評されています。しぼめる花のたとえもピッタリですね。
文屋ふんや康秀は、言葉はたくみにて、そのさま身におはず。いはば、商人あきひとのよききぬきたらんがごとし。
 「そのさま身におはず」は「歌の内容と釣り合っていない」というような意味で、要するに「中身がない」・・・と言ってしまうのはさすがに言い過ぎな気もします。百人一首に「吹くからに野べの草木のしをるれば、むべ山風をあらしといふらむ」(山風→嵐の技巧を含む)が採られていますが、確かに「そのさま身におはず」というのもわからないではありません。
宇治山の僧喜撰は、言葉かすかにして、始め終りたしかならず。いはば、秋の月を見るに、暁の雲にあへるがごとし。
 一言では「覚束無い」とでもなるでしょうか?個人的にはこの比喩が一番好きです。なんだかザンネンな感じが伝わってくるのですが、誤読でしょうか・・・。
 ただし貫之は「よめる歌多く聞えねば、かれこれを通はしてよく知らず。」とことわっています。
小野小町は、いにしへの衣通そとほり姫の流なり。あはれなるやうにて、強からず。言はば、よき女の悩めるところあるに似たり。強からぬは、女の歌なればなるべし。
 かの有名な小野小町。これが最も良い評のようにも思うのですが・・・。「強からず」と言ったものの「強からぬは、女の歌なればなるべし。」とフォローされています。
 ちなみに衣通姫とは、記紀に伝えられる絶世の美女で、その美しさが(衣の下から)衣を通して輝いていたのでこの名が付いたとされます。現代でそういうことを言うとちょっとアブナイかもしれませんね(笑)。古事記が伝えるところでは、同母兄で皇太子であった軽皇子と情を通じてしまい、それが原因で軽皇子は支持を失って失脚し、伊予へ流されたのを、追って行き再会し、心中しました。
大伴黒主くろぬしは、そのさまいやし。いはば、たきぎ負へる山人の、花のかげに休めるがごとし。
 「いやし」と一言でバッサリ。酷評です。比喩の方はやはり貫之一流ですね。

 また、序文の終結部は次のような力強い文章で締めくくられています。

人麿なくなりにたれど、歌のこととゞまれるかな。たとひ、時移り事去り、楽しび哀しびゆきかふとも、この歌の文字あるをや。青柳の糸絶えず、松の葉ちり失せずして、まさきのかづら長く伝はり、鳥のあと久しくとゞまれらば、歌のさまを知り、ことの心を得たらん人は、大空の月を見るがごとくに、いにしへをあふぎて今を恋ひざらめかも。
 下線は私が付加しましたが、これらの語は修飾の役割を果たしています。この荘重な修飾から、私には柿本人麻呂の長歌が連想されました。「いにしへを仰ぎて今を恋ひざらめやも」にはどこか人麻呂の「靡けこの山」と同種の感動を覚えるものと、素人ながら思います。それは迸る感情によるものでしょうか。この「今」とはもちろん貫之が生きていた「今」ですが、彼の意気込み、喜び、或いは誇りが伝わってきます。

※尚、本文の引用元は佐伯梅友校注『古今和歌集』(岩波)です。

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